ステージ・フォトグラファー 芦澤来斗とは?


_MG_2840_500

 

「まさか芦澤がカメラマンになるとは思わなかったなー!」

 

昔からの友人によく言われます。

 

 

言われて当然!

 

当の私自身が想像もしたこともありませんでしたから・・・。

 

 

そもそも特にカメラが好きだったわけでもないし、
まして写真部などに属したこともありませんでした。

 

 

高校生の頃から学生時代はバンド活動に夢中で、
写真好きの友人に撮影してもらう立場でした。

 

 

いつの間にか、
被写体から撮影者に変わってしまいました。

 

 

今でも時々不思議な感じがします。

 

いくつかの偶然と、何人かとの出会い、
そして幾度とない冷や汗 (^_^;) を経て現在にいたりました。

 

 

 

ごく普通のサラリーマンだった

社会人になってしばらくした時、
初めて自分でカメラを購入。

 

友人と旅行に行くことになり、
カメラでも持って行こうと気楽な気持ちでした。

 

 

カメラに関する知識も全くなく、
今のようにネットで情報収集できるわけでもなかったので、
行き当たりばったりでカメラ店へ行き、
予算内で見た目が一番気に入った一眼レフを購入。

 

 

完全に見た目重視の選択でした。

 

機能なんてどうでもよかったです。

 

 

 

その後も、旅行や特別なイベント以外に持ち出すことはなく、
たまに手にして、

 

「あれっ!? このフィルムいつ入れたんだっけ??」

 

という感じでした。

 

 

仕事もそれなりに忙しくなり、
ますますカメラから遠ざかっていきました。

 

 

新婚旅行でニュージーランドに行った時は、
少し気を入れて風景を撮ったりはしましたけどその程度。

 

子供が生まれてからは、写真よりビデオがメインでした。

 

 

 

ホームページ制作が最初のキッカケ

脱サラして仕事でホームページの制作をするようになり、

掲載用の画像を撮るためにデジカメを購入しました。

 

 

サイトに載せる店や商品、スタッフなどを撮影するうちに、
試行錯誤して写真の基礎を学んだ時期でもあります。

 

 

せっかく凝ったデザインのサイトを作っても、
そこに載せる画像が貧弱だと台無しです。

 

 

この時期に、写真に関するノウハウ本などを
初めて真剣に読むようになりました。

 

 

交換レンズを単体で購入するようになったのもこの頃です。

 

 

 

変態 浣腸マニア!!??

ホームページ掲載用の撮影で今でも覚えているのが、
某大手浣腸器メーカーのサイト作成を受けた時のことです。

 

現地で工場や事務所などの撮影を行い、
製品は後日自宅で撮影するために送ってもらいました。

 

 

届いてみてビックリ!

 

大きなダンボールが何箱も届いたのです!

 

自分の部屋がまるで倉庫のような状態になってしまいました。

 

 

大量の製品の撮影をなんとか終わらせ、
送られた製品をどうしたものかと連絡すると、

 

「そちらで処分していただいて結構です。」

 

との返事。
返送の手間は省けますが、

こんな大量の浣腸器、どうするネン!!

 

 

知人に浣腸を必要としている人はいないし、
一度にゴミで出したら奇人変人に思われそうだし・・・。

 

 

結局、その後かなりの回数に分けて
少しずつゴミとして処分しました。

 

 

撮影を始めてから約一か月間は、部屋で浣腸器に埋もれてました!

 

 

 

朝から晩まで数十人のドラマーを撮り続け!

浣腸器事件?のあった頃は、

商品撮影にも飽きてきていた時期でした。

 

こもってひたすら撮影する作業。

 

商品ですからアングルや色温度など、ち密さが要求されます。

 

マクベス・カラーチャートは手放せませんでした。

シフトレンズも時々使ってましたね。

 

 

 

どうもこの手のち密に作り込む作業は性に合いませんでした。

 

 

 

そんな時、知人の舞台監督さんから連絡を受けました。

 

「ドラム教室の発表会があるんだけど撮影してみる?」

 

という打診。
撮影代は出ない代わりに教室へのマージンなどは無しで、
生徒が気に入った写真を購入してもらう・・・という条件でした。

 

 

数百人が入る結構立派なホールで、
ライブのような本格的な舞台装置と照明の中で、
生徒さんが次々と順番に演奏します。

 

 

人数が多いので前日にリハーサル、
当日は昼から本番スタートで終了は夜。

 

数名が同時に演奏するので、
リハーサル時もフルに動き回って撮影します。

 

 

 

これがステージ撮影の最初の経験でした。
というより、ホームページに関係なく
純粋に「撮影」の初仕事でした。

 

 

 

その後も数年間この発表会や講師のコンサートなどが続き、
継続して依頼していただいたおかげで色々学べました。

 

 

撮影に関してはもちろん、撮った画像の受注方法、納品方法など、
業界の常識を知らなかったので試行錯誤の連続でした。

 

 

納品はまだ一部を除いてほとんどがデータではなく
プリントの時代でしたね。

 

 

 

私の専任カメラマンをやってみませんか?

ホームページ制作をするために、
宝塚歌劇団出身のシャンソン歌手のリサイタルに出向きました。

 

 

デザイン案の参考にするためと、
ネタになる写真が撮れれば・・・くらいの気軽な感じで。

 

勿論、彼女には専任のカメラマンが付いていたので、
どちらかというと、楽屋周りや舞台の袖、
客席の上手や下手側から撮っていました。

 

 

後日連絡がありました。

 

「私をこれからも継続的に撮りませんか?」

 

との打診です。

 

 

たまたま撮った中の1枚が目に留まったそうで、

 

「今のカメラマンと並行して、芦澤さんにも撮ってほしい」

 

ということでした。

 

 

これが本当の意味でのステージ・フォトグラファーとしての
スタートでした。

 

 

その一年後には、先のカメラマンの代わりに専任となり、
リサイタルだけでなく年に数回行われる各地の教室の発表会も
含めた全ての撮影を任されることになりました。

彼女のご主人もプロ・ミュージシャンで
音楽の話で気が合ったこともあり、
その後お2人には色々とご指導を受けました。

 

 

まあ最初は褒められるより怒られることが多かったですね。

 

「最近個性が薄れた! らしさがない!」

 

とか、

 

「体調悪いんか!? 写真に勢いがないねー」

 

などなど、冷や汗いっぱいかきましたね。

 

 

自分の写真の「個性」がなにか、「何」を求められているのか、
「どう撮れば」期待に応えられるのか・・・何もわからないまま
撮り続ける日々でした。

 

 

そんな状態でも、色々な歌手や楽団など次々と積極的に
ご紹介下さり、撮影の場が増えていったのです。

 

 

何がキッカケで展開するか、本当にわかりません。

 

 

出会いは財産ですね。

 

 

 

最新情報やブログには書けない話はこちらで!

 

 

 

詳細プロフィール


Profile
人気記事
カテゴリー

ページの先頭へ