「やっぱり違う!」と言っていただけました!

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つい先日の事ですが、
市が運営している協会のマネージャーから連絡をいただきました。
 
「芦澤さん、
 久々にお話ししたいので事務所に来てもらえませんか?」
 
 
この協会は、現在は公益財団法人となり、
文化振興活動の一環として、
混声合唱団と室内合奏団を運営されています。
 
 
以前、市が直轄していた頃には専属として
定期演奏会やコンサート、プロフィール用の集合写真などを
撮影させていただいていました。
 
 
色々理由があって、専属撮影の役を降りてから数年振りでした。
 
私側の都合で、いったん専属を辞退していたのです。
別にモメたりという理由ではありませんよ(笑)
 
 
 
事務所にうかがって、
当時から私を推してくれていた女性マネージャーと
財団の部長とお会いしました。
 
 
「芦澤さん何だか若返ったね~!」
 
なんて言われたり・・・(笑)
 
 
話の趣旨は、もう一度撮影を請け負ってほしいとの打診でした。
 
 
今後のスケジュールや予算などの相談の上、
撮影させていただくことに決まりました。
 
 
聞いてみると、私が不在の間は地元でも歴史のある
写真館に撮影を依頼していたそうです。
 
学校の運動会、学芸会、各種発表会など、
イベント等の撮影も手広く手掛けている老舗です。
 
 
ただマネージャー曰く、
 
「本番だけ来て、当たり前の記念写真的ショットしか
 撮ってもらえなくて・・・。いつも同じ絵なのよ!
 団員からも芦澤さんカムバックの声が上がっていたのよ。」
 
こおいうお話は本当に嬉しいです。冥利につきますよね!
 
 
ある意味、自分のスタイルが受け入れられ評価されていることの
再確認となります。
 
 
ハッキリ言って、特にクラシック系のコンサートでは、
本番時に撮れる写真にはそれほど差別化の要素はありません。
 
撮るポジションも限られますし、
極端に動き回ることも出来ませんからね。
 
 
オーケストラの撮影では、
ツボを押さえればそれ以上の飛び道具?はあまりありません。
 
 
ですから、何度も言ってきたように本番以外が大切になるのです。
 
 
ステージ撮影・ライブ撮影では、リハーサル・ゲネプロが勝負!?
 
ステージ撮影・ライブ撮影で舞台を撮らない!?
 
ホールでのステージ撮影では三脚の裏に「遊び写真」あり!
 
 
 
打合せの半月後の定期演奏会の撮影に行った際、
リハーサル開始時の団員がステージ上にそろったタイミングで、
マネージャーさんが皆さんに言ってくれました。
 
「芦澤さんが戻ってきましたよー!」
 
以前から在籍している顔馴染みの団員さん達から
歓待の拍手をもらった時には、思わず胸が熱くなりました。
 
本番前の楽屋裏でも、何人もの団員さんと再会を喜び合いました。
 
 
その後、いつにも増して気合が入ったのは言うまでもありません。
 
 
 
これだから辞められないんですよね。
 
 
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芦澤来斗


山下洋輔トリオのドラマー「堀越 彰」 上下でなく左右!?

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別の記事でも書きましたが、駆け出しのころから

ドラムスクールの撮影をしていたので、
ドラマーの撮影に関してはある程度ノウハウを持っていました。

 

 

ドラマー撮影では、基本的に縦の動きを追います。

 

基本ビートではスネアとハイハットを叩いている腕が、
シンバルやタムを叩く瞬間です。

 

 

特に左腕でタムやシンバルを叩く瞬間は絵になりやすいですね。

 

ところが、この私なりの基準を覆すドラマーが現われました!

 

それが「堀越 彰」

 

元々は「村上"ポンタ"秀一」さんのボーヤから始まり、
山下洋輔トリオのドラムを務めていたドラマーです。

 

 

 

上の画像でわかるかと思いますが、
彼のドラムセットはレイアウトが独特です。

 

 

セットされたドラムを見ただけで「彼」だとわかります。

 

 

上下に積み重なっておらず、
左右に平面的に展開したレイアウトなのです。

 

当然、それを叩く彼の動きも上下ではなく左右の動きとなります。

 

言ってみればまるで舞っているようなスタイルなのです。

 

 

陰に隠れている左腕が上がった瞬間を狙うケースが多いのですが、

彼の場合は左腕が絶えず見えたままです。

 

 

最初は面食らいました。

 

どう捕らえたら良いのか、リハーサル中ずっと試行錯誤しましたね。

 

 

 

 

彼ともすでに10年以上の付き合いになり、
数千枚は撮影しています。

 

それでも撮影するたびに新鮮な感覚を覚えます。

 

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芦澤来斗


元G-CLEFのヴァイオリニスト「渡辺 剛」

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元G-CLEFのヴァイオリニスト「渡辺 剛」さん。
ステージ撮影やライブ撮影を始めて間もないころ、
友人のピアニストを通じて知り合ったのはもう10年以上前です。

 

 

当時はG-CREFも知りませんでした。

NHKの紅白歌合戦にも出場していたのに・・・。

 

 

 

初めてその音色とフレーズに出会い、
一度で惚れこみました。

 

オーケストラの撮影は経験していましたが、
ソリストとして活動を続けるヴァイオリニストに
出会ったのは初めてだったので、
なおさらインパクトが強かったのかもしれません。

 

 

やはり「ピン」で稼いでいるミュージシャンは違う!と痛感。

音色の説得力が違いました。

 

 

その後何度か撮影の機会を経て公私共に意気投合。

 

ステージ抜きで飲みに行ったりする仲になりました。

 

 

YAMAHAのポスターにも私の撮影した写真が掲載されたりしました。

 

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その後、彼とダンサーである奥様とのユニット
「RED × RED SOUL COMPANY」の公演の撮影をキッカケに、
奥様ともメールのやり取りをする仲に。

 

 

 

その奥様の言葉で今でも覚えていることがあります。

 

まだサラリーマン上がりのフォトグラファーとして
自信も実績もあまりなかった私は、事あるごとに自分のことを

 

「僕はなんちゃってカメラマンですから~」

 

と言っていました。

 

 

ある打上の時、いつものようにそう言った私に対して、

 

「芦澤さん、こうやって交通費も宿泊代もギャラも払って
 来てもらっている私達からしたら、ナンチャッテなんて
 言われると複雑な気持ちになるよ。
 あなたの写真が気に入って来てもらっているんだから、
 もうナンチャッテなんて言わないで!」

 

 

この言葉に改めて気付かされました。

 

これはボランティアでもサービスでもなく、
プロ同士の真剣な勝負であり仕事であることを。

 

 

それ以来、「ナンチャッテ」を卒業しました。

 

 

 

そして彼の代表曲のひとつ、

 

「WALKIN' TOMORROW」

 

この曲には、迷った時・悩んだ時・打ちのめされた時、
何度救われたかしれません。

 
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芦澤来斗


憧れの「深町純」さんとの出会いと別れ

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希有の作曲家であり、キーボーディストであった「深町純」さん。

 

 

雑誌などで名前は知ってはいましたが、
初めてその音楽に触れたのは、
1975年に東芝EMIから「PRO-USE SERIES」として発表された、
『Introducing Jun Fukamachi』でした。

 

 

高校生の時にそのLPを購入して、
初めて針を落とした時のことを今でも覚えています。

 

 

当時は、
「チック・コリア」や「ハービー・ハンコック」などが現われ、
それまでのJAZZとは違う、ロックと融合した
「クロスオーヴァー」という新ジャンルが台頭してきた時代でした。

 

この流れは、その後「フュージョン」というジャンルに発展します。

私もお小遣いを貯めては、その手のレコードを買って
聴きまくっていました。

 

 

そんな中、外国人ミュージシャンの演奏が当たり前だった時に、
日本人ミュージシャンによる『Introducing Jun Fukamachi』は
本当に驚きでした。

 

 

「日本人にもこんな凄い演奏をするミュージシャンがいるんだ!」

 

 

その驚きと感激は、今でも忘れません。

 

 

深町 純
大村憲司
村上"ポンタ"秀一
小原 礼
浜口茂外也

 

このメンバーが、
海外の憧れのスーパーミュージシャン達と
対等に渡り合える日本人がいることを
初めて証明してくれたのです。

 

 

その後、「Jun Fukamachi & The New York All Stars Live」で、
実際にアメリカのスーパーミュージシャンとの共演を成功させ、
Steve Gadd、David Sanborn、Anthony Jacksonなどが
日本でも広く知られるキッカケとなりました。

 

 

 

そんな、雑誌やLPでしか触れることのなかった深町さんと、
まさか実際に知り合い、一緒に飲む仲になれるとは
夢にも思いませんでした。

 

 

私が専属で撮影している、
元G-CLEFのヴァイオリニスト「渡辺剛」さんを通じて、
コンサート現場で最初にお会いした時は感激でした。

 

 

その後たびたびライブやコンサートで
撮影させていただく機会に恵まれ、
個人的にも音楽のこと、芸術のこと、写真のことなど
色々お話しさせていただいたり教えていただきました。

 

 

ある時は、自宅にあった深町さんのLPやCDを全て持参し、
まとめてサインをいただいたくらいです。

 

 

深町さんというとキーボーディストの印象が強く、
私もシンセサイザーの先駆者というイメージを持っていましたが、
彼のアコーステイックピアノの生音は衝撃でした。

 

 

よく「鈴を転がすような・・・」と称されるピアノですが、
こんなにその表現がマッチする生音をジャンルを問わず
実際に耳にしたことがありませんでした。

 

 

しかもそれが特定のピアノでだけでなく、
どのホール、どのライブハウスのピアノでも、
「深町 純」の音がするのです。

 

 

終演後には調律が狂うくらいタッチが強いにも関わらず、
聴いていて全く耳障りな音がしません。

 

 

この生音を一度でも体験すると、
誰もがその虜になりました。

 

 

 

 

そして10年ほどお付き合いが続いたある日、
「深町さん急死!」の連絡を受けたのです。

 

 

 

ご自宅のピアノの前で突然死されたのです。

 

 

 

信じられませんでした。

 

 

一月前に素晴らしい演奏を撮影させていただいたばかりでした。

 

 

 

その晩は、行きつけのBarで彼のCDを聴きながら、
本当に泣きました。友人のピアニストと・・・。

 

 

 

教会でのお別れの会で穏やかな顔を見ても、
眠っているようで現実とは受け止められませんでした。

 

 

その顔に正面からカメラを向けることができませんでした。

 

 

 

 

半年過ぎたころにやっと、撮りためた写真をセレクトし、
アルバムにまとめ、お母様と奥様にお届けできました。

 

 

 

 

今では録音された音でした触れることができません。

 

 

それでも、その生音の片鱗は感じることができます。

 

 

 

有言・無言のうちに、
芸術とは何か、
それにいかに立ち向かうか、
色々教わりました。

 

 

 

とてもその遺志に応えられてはいませんが、
あの「音」と「言葉」は今も私の中に響いています。

 

 

 

 

あらためて、

 

 

「深町純」さん・・・・・・・ありがとう、そして永遠に!

 

 

 

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芦澤来斗


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